本日、経団連から21年度の就活よりルール撤廃するとのニュースが入ってきましたね。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181009/k10011664831000.html

既に形骸化しているとか、経団連に入っていない企業は、通年採用を実施しているなどの報道もありますが、そこが本質ではありません。
そもそも、この話は2020年問題とも大きく絡みます。

2020年問題や、英語4技能は、文科省からの提言でなく経済界からの要請ということで非常に異端な話でした。

経済は、グローバル化し、人材も同時にグローバルな中での取り合いとなることが自明な中、日本の学生のグローバル化を促進しなければならないという状況がありました。また同時に、今まで企業で教育出来たものが、出来なくなり、しかも即戦力として、グローバル人材を自社に入社させたい企業からすれば、日本の大学に変わってもらう必要大だったわけです。

そのため、トビタテ留学JAPANの原資300億円も全て経済界が負担しています。

eポートフォリオも最終的には企業にまで行くということになります。つまり高校から専門性とリベラルアーツを求められていくことになります。

中西会長は、こうハッキリと断言しています。

中西会長

 

求められるのは「語学」と「専門性」、多様な文化を理解できる「教養」の備えた人材だとしたうえで「もっと大学の教育それ自体に社会や企業も含めて非常に関心持って、世界に通じる人材を育成していという高らかな目標掲げて、努力してもらわないと。文系だろうと理系だろうと、最低限のリベラル・アーツ(一般教養)を勉強してこないと困る」

とおしゃってます。

そもそも、この部分こそが、この高大接続問題の最大のポイントです。東工大が教養学部を復活させたのもうなずけます。

私は、塾とは違う立場(社団の代表)で、海外の大学とも話をすることが多いのですが、リベラルアーツに関しては、まさに国際社会での常識であり、共通言語と実感します。

ある大学(日本で言えば早稲田大のようなポジション)での打ち合わせでは、「河野先生、なぜ日本の大学は、初年度から専門をするのですか?人というのは、リベラルアーツを学ぶことで人になるのであって、専門は大学院の2年間でも十分ではないですか?」と質問されました。

正直、「知らんがな・・・」ということですが、その場を取り繕うことで納めましたが、ともかく「教養」を非常に重視するのが国際社会です。教養は礼儀とか、おもてなしとは異なります。日本人は、国際教養に関しては、レベルが低いと思われているのも事実です。

日本の学生の勉強時間の短さにも中西会長は言及されていましたが、国際化に力を入れている都市部の大学(特に私立大)の学生の勉強時間は飛躍的に伸びています。一方、地方国立大の生徒は、相変わらずの状況です。ローカルビジネス、ローカル経済にグローバル化の波をあまり感じないこともあるのでしょうし、大学のカテゴリー分けがハッキリしてきて地方大学がローカル経済、政治、行政を担うことになったことも大きいでしょう。そのため、このような大学では、フィールドワークが多くなっています。

しかし、実際にはグローカルという言葉があるように、ローカルにこそ、グローバル人材が必要です。
8月の愛媛新聞で報道されたように愛媛県知事が、東京の大学生との懇親会を実施したのも、その一環です。
(ちなみに保護者セミナーではお話ししましたが、参加していたのはMARCH以上の生徒さんです。)

現在、本当に大きな潮目になっています。

学校での指導も、愛媛県は、旧態依然の指導ですが、他県では既に「海外進学」がポイントになってきています。
最終的に有能な人材を輩出する、その最初の出口が高校という「プライド」を各県の教育委員会もお持ちです。

灘、開成のような有名私立だけでなく、大阪の某県立高校でも、20数名ほどが海外進学しますし、3,4年前には、隣の大分県のある女の子がハーバード大に行ったことが報道されていました。

もちろん愛媛県内でも優秀な学生を海外の大学に送りたいとの意思はあるのでしょうが、日本の大学と勝手が違うので、手こずる面があるのでしょう。(この部分においては、もともと愛媛県の助成を受けて立ち上がった会社もありますので、ご連絡を頂ければ、県内の学生さんや高等学校の先生方々にご協力させて頂きます。大阪の先生からもお問い合わせのあったグローバルに関した小冊子は、出来次第、塾生の方々にはお配りします。ただすいません、まだ細かい部分の精査が終わっておりませんので、もうしばらくお時間をください。)

もう5年前になりますが、神楽坂での会議では、大学入学前までに海外研修や海外留学をさせてくれとの話を受けました。
大学からでは、もう遅い。大学では、もう英語で授業を聞き、議論出来るようになっておかないと・・といった話でした。

その後、SGHを設定し、(先日、昨年度の検証結果が出ましたが)多くの学校で、グローバル教育を実施することになったわけです。
予算は、その後、半減したとは言え、結構な金額でしたが、検証結果を見ると、早い話、海外に行かせたことが一番効果が高かった。ということです。つまり、何も出来ていないというのが現状でしょう。実際、予算がなくとも出来ると言っている高校は1つだけでした。

そもそも教員に全てを押し付けるには無理があります。そんな活動よりも、生徒の合格の方が気になるのが当たり前です。国として、SGHの仕組みそのものが間違っているとしか言えません。

今では、都市部では、大学や、私どものような社団、NPOなどが高校と協力して国際教育に骨をおっているわけですが、地方ではまだまだ進んでいません。(その一環で、社団の下に位置づく会社が、2015年のえひめ産業振興財団の助成を受け、設立されました。)

現在、ゴールは、大学ではなく、「就職、キャリア」です。非常にシビアです。

高校生は、キャリアのことを考えての将来の選択が大切です、ただし中西会長がおっしゃっているように、理系・文系は関係ありません。もっと言えば、文系にも、今後、世界共通語である数学が入ってきます。
数学苦手なので文系というのは、2022年以降は言えない状況になると思われます。


グローバルの中で一番の問題は、言語でなく、異文化の許容、多様性への対応です。

話すと長くなりますが、態度1つ取っても日本と国際社会は異なります。

指導者としての反省もありますが、日本人は、ともかく指導時に「怒る」。日本では、熱心と取られることも多いのですが、日本以外の世界では、野蛮人ととられます。ALTなどに話を聞くとよく分かるでしょう。実際、インターや海外の高校で怒るという教師はいませんでした。

私など、それでどうやって指導をするんかいな?と思うのですが、国際社会では国際社会の厳しさがあり、日本のようにあいまいな形で、生徒と先生の関係が構築されていないので、怒る必要もないのかも知れません。(私には、ちょっと厳しいかな。)

挨拶も、多様な文化のある国の方が活発です。日本人が礼儀正しいと思っているのは、日本人だけという話もあります。海外では、日本のような あ・うん の呼吸が使えません。ハッキリと挨拶しなければなりません。世界で一番挨拶しない人種が日本人と言われています。(英語が苦手なので無口になるのは、よく分かりますが)

つまり世界の共通言語(言語だけでなく、教養や態度、ふるまいなど)を高校時代からしっかりと学習しておいて欲しいということなのです。そして、大学では、それを基に海外で実際に学びに言って「(海外の人と)協働」をして欲しいといことなのです。

それらの経験と知識が、グローバル企業に生きてくるという流れですね。

何やら、ここに来て、一気に報道が動き出した気がします。
就活の問題は、大きな問題ではないため、15日以降に国が仲介し新ルールを作るようです。

平成最後の年に決着を付けたいのかな?とか勝手に思ったりします。